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新垣隆の『音楽という<真実>』を読んだ

2014年世間を騒がせていた佐村河内ゴーストライター騒動の新垣隆の『音楽という<真実>』を読んでみました。
この手のスキャンダル、暴露本には目がないもので、新垣氏の暴露会見、佐村河内氏の会見なども見ていました。

佐村河内氏の存在はこの騒ぎが起きてから知りました。佐村河内氏の取り巻く障害、病気、美談といったキーワードは今までのこういったスキャンダルに共通しているような気がしました、例えば『一杯のかけそば』を巡る騒動や「奇跡の詩人 〜11歳 脳障害児のメッセージ〜」などを思い出しました。

音楽、芸能という面から見ても実際に歌っている人が違っていたのにグラミー賞まで取ったミリ・ヴァニリとか、『バックコーラスの歌姫たち』といったドキュメンタリー映画、朝の連ドラ『あまちゃん』にもそんなエピソードがありました。

さて『音楽という<真実>』は新垣氏が自分の生い立ちと佐村河内氏との奇妙な共同作業、そして暴露会見とその後について書かれています。大学までの音楽漬けの日々について語っている部分が熱量が凄く、新垣氏の音楽に対する愛情が非常に感じられる一方、自意識、エリート意識みたいなも垣間見えてくる所が興味深く感じられました。

佐村河内氏と出会い、彼との共同作業が始まるとトーンが明らかに変わってくる所も面白かったですね。佐村河内氏との関係はあくまでもドライでビジネスライクなものだったと何回か繰り返さし語られているところも興味深く感じられました。新垣氏が佐村河内氏との共同作業以外でどんな音楽活動をしていたかについてはあまり詳しく書かれていません。その辺ももう少し知りたかったですね。

佐村河内氏と新垣氏との関係は映画『冷たい熱帯魚』のでんでんが演じた村田と吹越満が演じた社本との関係に近いものを途中まで感じました。しかし、途中から新垣氏もある意味、佐村河内氏を利用していたような雰囲気を感じました。

一時期、テレビのバラエティ番組にひっぱりダコだった新垣氏はどうも断れない性格で押しに弱く、流されやすい性格なのではないかと思います。佐村河内氏にゴーストライターになることを頼まれて断れず、ノンフィクション作家の神山典士氏と週刊文春のスタッフに佐村河内氏との関係を暴露することを頼まれれば応じる。恐らく新垣氏にとって人間関係や俗世間のことは重要ではなく、音楽がなによりも大事なんだと思います。

交響曲『HIROSHIMA』はサブカルと言い、自分の最大の罪はワーグナー的に機能する音楽を作ってしまったことと言い切るところに新垣氏の本心みたいなものも透けて見えたような気がします。ちなみにワーグナー的音楽とは人を陶酔させ感覚を麻痺させるものだそうです。

音楽という<真実>

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