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シンボリルドルフ死す

YOMIURI ONLINEによりますと、日本中央競馬会(JRA)は4日、史上初の無敗3冠馬となったシンボリルドルフが、千葉県成田市のシンボリ牧場で死んだと発表したそうな。30歳の高齢で、数日前から体調を崩していたそうな

シンボリルドルフの全てのレースに騎乗した、岡部幸雄元騎手は「しらせを聞いてとても残念に思いました。思い出はたくさんありすぎて一言で表すのは難しいですが、自分の人生の一部とも言える馬でした」とコメントしています。

シンボリルドルフは1983年のデビュー、1984年に無敗で皐月賞、ダービー、菊花賞の三冠レースを制しています。1985年には1つ年上の三冠馬を春の天皇賞で破っています。種牡馬としては初年度に二冠馬のトウカイテイオーを送り出しています。

シンボリルドルフが現役の頃は私は子供で競馬にはほとんど興味はありませんでした。しかし、シンボリルドルフ、ミスターシービー、カツラギエースの名前はなんとなく知っていました。

私が馬券を買い始めた頃にトウカイテイオーが活躍していたので、シンボリルドルフの現役時代の事も後追いですが知りました。

シンボリルドルフは競争成績では五冠馬のシンザンを上回り七冠馬となりましたが、シンザンのサラブレッドの最長寿記録を抜くことはできませんでした。シンザンは35歳まで生きていました。これで存命の三冠馬はディープインパクトだけとなりました。

私がシンボリルドルフのレースをビデオ見て一番驚いたのは皐月賞です。直線でビゼンニシキとの一騎打ちになり、外から馬体を合わせてきたビゼンニシキにシンボリルドルフは体当たりを食らわせています。YouTubeで皐月賞の動画をいくつか見ましたが肝心の接触シーンがはっきりと映っている動画はありませんでした。

1992年の秋の天皇賞でビゼンニシキ産駒のダイタクヘリオスと直線で一瞬だけ並走状態になったときにフジテレビの三宅アナウンサーが「SB対決!」と言っていたのも記憶に残っています。その後、トウカイテイオーもダイタクヘリオスも馬群に沈んでいました。

種牡馬としてはトウカイテイオーしかGⅠ馬を送り出せませんでしたが、キョウワホウセキ、アイルトンシンボリ、ツルマルツヨシといった個性的な馬を送り出しています。トウカイテイオー以外は気性に難がある馬が多かった記憶があります、シンボリルドルフの兄弟もみな気性難のため活躍できなかったようです。ある意味、オーナーブリーダーの和田共弘の信念と執念によって産み出され、活躍した馬なのかかもしれません。余談ですが金沢には父シンボリルドルフ、母の父がミスターシービーのミスタールドルフという馬もいました。

今年はメジロ牧場も解散してしまったり、サクラバクシンオーも死んでしまったり、競馬の世界ではショックなニュースが続いていました。メジロ牧場はなくなってしまいましたが、母の父がメジロマックイーンのオルフェーヴルやフェイトフルウォーが活躍、サクラバクシンオー産駒のグランプリボスがNHKマイルを勝っているので、この秋はシンボリルドルフに関係のある血統の馬が激走するかもしれません。父がトウカイテイオーというオープン馬は今いるんでしょうか?母の父がシンボリルドルフという馬もちょっと思い浮かびません。しかし、きっとシンボリルドルフになんらかの関係がある馬が馬券に絡んでくると私は思います。

ちなみに新潟競馬場デビューのダービー馬はシンボリルドルフとオルフェーヴルしかいないそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

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