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『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』を読んだ

秋葉原通り魔事件からそろそろ1年が経とうとしていますが、裁判まだ始まっていませんね。去年の10月10日に起訴はされているそうですね。去年の10月10日の起訴ということなのでこの裁判には裁判員制度は適用されませんね。少し残念ですね。

『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』は去年の8月に発売された本で、25人の学者、ジャーナリストなどの識者のこの事件に対する見解が集められています。私は秋葉原通り魔事件についてそれほど関心はありませんでした。柳下毅一郎さんの本が読みたいと思って検索していたらこの本が見つかったので読んでみたという感じです。

この本を読んで私が一番感じるのは、秋葉原通り魔事件は非常に多くの視点から語ることのできる事件だということですね。派遣労働の問題、通り魔殺人、大量殺人、モテと非モテ、携帯の掲示板に残した書き込み、等など色々な視点や角度から色々な立場の人間がこの事件に関して語っているのが面白いですね。

プレカリアートの問題に取り組んでいる雨宮処凛は人を殺した方で社会が動いたこと(日雇派遣が禁止になったこと)に呆然としているような感じすらします。

『下流社会』でお馴染みの三浦展はあくまでもマーケットアナリストからの視点から容疑者を見ていてるところが面白いですね。車好きでいい車にも乗っていた容疑者に対して、いい車に乗っていることは現代の若者にとってはモテる要素ではなく、彼は自分の好きなものがあまり価値を持たない時代に若者だったと語っています。

フリーライターの鈴木ユーリという人は容疑者の携帯の掲示板に残した書き込みについて語っています。容疑者の書き込みを文学的に捉えようとしています。「無駄に生きるか/何のために死ぬか」の書き込みに対しては詩人じゃない方のランボーと言っているところは笑えました。確かに1作目の映画の「ランボー」の宣伝文句になりそうな書き込みですね。2ちゃん用語なのに神クオリティな加藤さんという言い方も素敵ですね。

京大の河合幹雄教授はこの事件は犠牲者数からすると特筆すべき凶悪事件ではないと言っています。日本では未だに戦前の事件である津山30人殺しが1人で行った大量殺人のトップだそうだ。また、河合幹雄さんは容疑者の家族についても言及しているところが非常に興味深く感じました。刑法上、容疑者の家族には責任を追及しないというのが大原則で、マスコミの暴走を最高裁はじめ、誰も批判しないのは問題だと言っています。

フリーライターの小林拓矢は容疑者が勤めていた派遣会社の派遣先がトヨタ系列の会社だったのに、マスコミには一切トヨタという文字が出なかったかという問題について語っています。いわゆる「スポンサータブー」というやつですね。そして、その次のページには森川嘉一郎という明大の準教授の人が書いているのですが、この人はトヨタのことを「派遣先の親会社である大手自動車メーカー」と書いているのが笑えました。

この本の最後から3番目には浅羽通明の見解が載っているのがですが、これが卓袱台をひっくり返したような感じで面白いですね。宮崎事件~酒薔薇聖斗事件の識者と事件や容疑者の関係を改めて考察しなおし、それらを踏まえて今回の事件と識者の関係を見直すという方法が、メタ・フィクションの映画やドラマの解説を読んでいるような妙な錯覚を感じました。「社会の犠牲者としてのわたしたち」の代表にしようとする人たちがいるという点も面白いですね。雨宮処凛に対しては明らかに喧嘩を売っている感じですね。

アキバ通り魔事件をどう読むか!? (洋泉社MOOK)
アキバ通り魔事件をどう読むか!? (洋泉社MOOK)

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