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ドラマ版『レ・ミゼラブル』を見た

NHKで放送されていた2018年にイギリスで制作されたドラマ版の『レ・ミゼラブル』を見みした。

ラジ・リ監督の現代のモンフェルメイユほ舞台にした『レ・ミゼラブル』を見て、ヴィクトル・ユーゴーの元祖はどんなものなかと思っていたら、いいタイミングでNHKで放送が始まったので見てみることにしました。

想像していた以上のスリルとサスペンスがあり物語に引き込まれて、日曜日の夜の放送を楽しみに待つような日々が続きました。

ジャン・ヴァルジャンを執拗に追いかけるジャヴェール警部の話をメインにコゼットとマリユスの恋、そしてテナルディエ一家のエピソードが絶妙な匙加減で加わって、古典文学というものは人を惹き付ける力があることを今更ながらに感じました。時代がかっている所や演出が少し過剰と思える所もあり、正直なところ往年の大映テレビのドラマを見ているような気分もありました。

全話見終わってからNHKのサイトにあるフランス文学者鹿島茂の解説を読んでみたら、この作品のテーマの1つが「貧困と格差」と書かれていた部分がありました。ファンティーヌはシングルマザーで、コゼットに仕送りをするために、髪と歯を売り、さらに娼婦になり、体を壊して死んでしまうという境遇は昔話には思えない生々しさがあります。髪と歯を売るシーンの演出はさすがにおどろおどろしいものがありました。「貧困と格差」は人間の永遠のテーマなのかもしれません。

本編では語られていないジャン・ヴァルジャンの過去でいくつか気になった部分がありました。1つは徒刑場(刑務所)へやって来るまでの経緯、そしてもう一つは、ジャン・ヴァルジャンがマドレーヌと名前を変えてモンフェルメイユにやって来て、どうやって事業に成功し、市長になったかというところが非常に気になりました。コゼットを連れての逃亡生活が何の不自由もなにどころか豪華な生活をしている所も少し不思議な感じでした。

ジャヴェール警部を黒人のデヴィッド・オイェロウォという役者が演じている所は現代らしいキャスティングだと思いました。デヴィッド・オイェロウォのフィルモグラフィを見たら『グローリー/明日への行進』でキング牧師を演じていました。

ラジ・リ版では刑事の視点で物語を描いていた意味がヴィクトル・ユーゴー版を見たらなんとなく分かりました。ラジ・リ版の最後のエピソードもヴィクトル・ユーゴー版の6月暴動を下敷きにしているようにも見えました。

機会があれば過去に映像化された『レ・ミゼラブル』も見てみたくなりました。

レ・ミゼラブル - ビクトル・ユーゴー, 豊島 与志雄
レ・ミゼラブル - ビクトル・ユーゴー, 豊島 与志雄

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