ヒシアマゾン、シャケトラが亡くなる

ヒシアマゾンがアメリカのポログリーンステーブルで現地時間15日、老衰のため死亡したそうです。28歳だったそうです。

ヒシアマゾンは1993年にデビューし、その年の阪神3歳牝馬Sを勝ち、翌年にはエリザベス女王杯を勝ちGⅠ2勝をあげました。2つのGⅠ勝利も凄いのですが、ヒシアマゾンの凄さは一流の牡馬に混じっても引けを取らなかったところです。有馬記念でナリタブライアンの2着になったりジャパンカップでに日本馬で最先着でランドの2着になったり。

ヒシアマゾンのレースで一番印象に残っているのはクリスタルCですね。追い込みの凄いレースとして競馬場内のテレビなどでブロードアピールと共に紹介されることの多いレースです。中山芝1200メートルはけっこう追込みは決まりやすいけどヒシアマゾンの追い込みは別格ですね。タイキウルフがパドックで馬っ気を出していのも覚えています。

1200メートルから2400メートルまで走って、しかも勝っているというのも凄いですね。当時は外国産馬の制限が厳しい時代でした。オールカマーや京都大賞典を中舘英二の57キロ背負って勝っているのも凄いです。中舘英二と言えばヒシアマゾンかツインターボでした。

ヒシアマゾンは美浦の中野隆良厩舎の所属で当時はホクトベガも所属していました。2回くらい一緒に走ったことがあり、いずれもヒシアマゾンが先着していました。(96年のエリザベス女王杯はヒシアマゾンは2位入線のや着降着)ヒシアマゾンのダートでの走りも見てみたかった気がします。

馬券的には相性は全く良くなかったです。ヒシアマゾン絡みの馬券で当たったのはクイーンCだけです。このレースは生で見ていました。95年の有馬記念はヒシアマゾンが沈んで馬券が的中てました。ヒシアマゾンの産駒はさっぱり走らなかったですね。ヒシマサルとの産駒ヒシアンデスは未勝利を脱出できなかった。

天皇賞に出走を予定していたシャケトラが調教中に骨折し、安楽処分になたそうだ。骨折 で1年間休養し、今年のAJC杯、阪神大賞典と連勝して、これからという時だったのに。AJC杯は生で見ていました。なぜかディープインパクト産駒と勘違いしていました。マンハッタンカフェ産駒のグットルッキグ・ホースでした。

ご冥福をお祈りします。

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