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zoom RSS 『真説・佐山サトル』を読んだ

<<   作成日時 : 2019/03/06 23:24   >>

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田崎健太の『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』を読んでみました。

プロレスや相撲、格闘技についての本を読むのが割と好きでよくという程ではありませんが読んでいます。古いところだと村松友視の『私、プロレスの味方です 金曜午後八時の論理』から『週刊プロレス』のターザン山本などか昭和プロレスの活字プロレスでしたが、柳澤健の『1976年のアントニオ猪木』あたり少し流れが変わってきて、ノンフィクション的な視点からプロレスを検証していくという本が増えてきたような気がします。田崎健太の『真説・佐山サトル』もその流れの中の本だと思います。

『真説・佐山サトル』は佐山サトルの誕生から新日本プロレス入門、タイガーマスクとしてのブレイクと突然の引退、UWFへの参戦と離脱、修斗の創設と訣別、そして現在までが書かれています。

新日本プロレス入門からUWFの離脱あたりまでは他の本などで読んだことがあり、それほど新鮮味はありませんでした。新日本プロレスへ入門するまでの少年時代、そとて修斗での活動についてはほとんど知らなかったのでこの辺は非常に興味深く面白く読めました。

佐山が高校時代にアマレスをやっていた知っていましたが、それ以前はプロレス好きの少年で学校でクラスメイトを相手にプロレス技をかけたりマスクを自作していたというエピソードが意外で面白かったです。最初から本格的な格闘技指向だっと思っていたらプロレス好きな少年だったというのに妙な親近感がわきました。

修斗での試行錯誤というか悪戦苦闘ぶりも驚きました。興行のプロが周りにほとんどいない状態で佐山本人がパソコンでチケット手作りしていたというのはなかなか味わい深い物がありました。ヒクソン・グレイシーが参戦して話題なって、その後の興行はなかなかお金には結びつかず、佐山個人の借金が膨らんで、最後にはそのとが原因で自らが作り上げた修斗を追われることになるとは。

余談ですがビートたけしのオールナイトニッポンに一時期、毎週のようにゲストで佐山が来ていて修斗の話をしていた記憶があります。あれは86年〜87年くらいだったでしょうか?

最後に書かれている佐山の息子である佐山聖斗との親子関係もなかな興味深いものがありました。佐山聖斗は1990年生まれで佐山の現役時代は当然知りません。佐山聖斗はネットの動画で父の現役時代の姿を見ることになります。これは映画『クリード チャンプを継ぐ男』でアドニス・クリードが父アポロ・クリードの姿をYou Tubeで見るのと全く同じです。息子とサッカーをするのにも野球のテレビゲームをやるのにも佐山は全く手加減せず、息子が不貞腐れると「殺すぞ、この野郎」と言ったのが笑えました。

表紙はブラックタイガーと対戦しているタイガーマスクの写真。『菊地成孔の粋な夜電波』の「エビの気持ちになるならば」という口上で「ブラックタイガー佐山の相手」とうフレーズあったのを思い出しました。

佐山サトルの人生は栄光とスキャンダルの連続でアメリカだったら映画になりそうなんですが、日本では無理なんだろうなぁ。もったいない。



真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男
集英社インターナショナル
田崎 健太

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