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zoom RSS 『競馬と鉄道』を読んだ

<<   作成日時 : 2019/02/20 00:58   >>

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2018年度のJRA賞馬事文化賞を受賞した矢野吉彦の『競馬と鉄道 あの“競馬場駅”は、こうしてできた』を読んでみました。

矢野吉彦はテレビ東京の競馬中継で実況をやっているフリーアナウンサーです。鉄道についても詳しく、2015年に『週刊競馬ブック』に競馬と鉄道に関する記事を書き、競馬博物館にも「鉄道と競馬」の企画を持ち込み2017年にこの企画展は実現しました。この本はその流れにあるそうです。2017年の競馬博物館の企画展は私も見ました。

この本は文明開化の明治時代に西洋からやって来た近代競馬がどのように発展してきたかを同じ時期にやって来た鉄道という視点から見た内容となっています。日本初の競馬観覧列車はお召し列車だったという事実から各地に競馬場が出来て観客、馬、関係者の輸送手段としての鉄道の発展の歴史を”競馬場駅”という独自の視点から掘り下げたところが面白く印象的です。

日本初の競馬場駅は1898年に函館競馬場前の競馬場前停留所だそうです。開業当初の写真も載っていて、なんと馬が客車を引く馬車鉄道です。現在は市電になっていますが函館競馬場も競馬場前停留場もその位置はほとんど変わっていないそうです。私も何度か利用したことがあります。

競馬が日本初の大規模なスポーツイベントで大量の観客をさばく手段が鉄道だったわけです。明治から戦後までは今のように中央競馬と地方競馬という明確な線引もなく、競馬場は各地に作られては潰れていったみたいです。

『ブラタモリ』で武蔵小杉が取り上げられていましたが、この本によると武蔵小杉付近にも競馬場があったそうです。1回こっきりの開催だったそうですが。

1908年新潟競馬が初めて開催される前日、新潟市の中心部は大火災に見舞われたそうなんですが東京から臨時の団体列車で観戦客がやって来たので競馬は1日延期されただけで開催されたそうです。地元の新聞は競馬の開催自体にも反対していて、強固開催についても非難の記事を載せていたそうです。そんな地元新聞には火事見舞いの広告が多数掲載される中、当時の競馬専門紙の広告も載っていたそうです。

明治時代に「旅打ち」をする人が居たのにも驚きですが、大火事の直後に競馬を開催してしまうのも驚きです。2011年の東日本大震災後にナベツネがセ・リーグの開幕を延期せずに予定通り行おうとして、避難を浴びて結局、延期になったの思い出します。


鉄道の中で一番気になったのは「省線」という言葉です。戦前、戦中までは鉄道省が所管してい路線は「省線」と呼ばれていたそうです。国鉄時代の「国電」、いまの「JR」みたいなものなのでしょうか?

京都競馬場や阪神競馬場へ行くと場内テレビで京阪電鉄や阪急電鉄のCMが割と頻繁に流れますが東京競馬場や中山競馬場では京王や京成のCMはそれほど流れていません。京阪はちょっと笑えて阪急はお洒落な感じで良いですね。何年か前に東京競馬場のスタンドで京阪の無料の時刻表を拾ったことがあります。

京都競馬場の最寄り駅である淀駅は改装されて凄く便利になったのですが、帰りに東福寺でJR奈良線に乗り換えるといつも凄く混んでいるのが気になります。京都まで1駅なので大したことないのですが。




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