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大滝詠一さん亡くなる

yomiur onlineによりますと『君は天然色』『幸せな結末』などのヒット曲で知られるミュージシャンの大瀧詠一(おおたき・えいいち、本名=大瀧榮一)さんが30日、解離性動脈瘤りゅうのため死去したそうな。65歳。

 警視庁などによると、同日午後5時半頃、東京都瑞穂町の自宅でリンゴを食べていて倒れ、青梅市内の病院に運ばれたが、約1時間半後に死亡したそうな。

2013年も暮れようとするときに届いた知らせは衝撃で的でした。2ちゃんの芸スボを見ていて気がつきました。スレを発見したときは、同姓同名の別人が亡くなったか、悪い冗談かと思いました。複数のニュースサイトを見てみたら事実でした。

NHKの7時のニュースはトップで扱っていました。『君は天然色』と『熱き心に』がかかっていました。『君は天然色』は未だにCMに使われているので、テレビから流れても全く違和感がありません。CM音楽自体も大瀧さんのキャリアの中でもかなりの比重を占めています。

大瀧さんの最後のシングルは『幸せな結末』かと思っていたら、『恋するふたり』だったのですね。大瀧さんは「はっぴいえんど」というバンドでデビューしているので『幸せな結末』が最後のシングルかと思っていました。私にとっては『A LONG VACATION』以降はそれほど興味がないので勘違いしていました。

私が最後に大瀧さんのラジオを聞いたのは2013年3月に放送されたNHK-FMの『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝 パート3』でした。坂崎幸之助がパーソナリティを務めるNAC5の『K's TRANSMISSION』というラジオ番組に2013年の9月に大瀧さんが出演した際の音源がYouTubeに上がっていたので聞いてみました。話があっちこっちに脱線していくところが面白く、相変わらずの博識ぶりにも感心させられ、改めてトンデモない人だったことを感じさせられました。

『あまちゃん』も見ていたそうで朝ドラを見るのは『おはなはん』以来だったそうです。2013年は大瀧さんと同郷(岩手県)の宮沢賢治の没後80年(命日は1933年9月21日)でその40年後の1973年の9月21日「はっぴいえんど」の解散コンサートが行われたとラジオで話していました。「はっぴいえんど」の解散から40年後に大瀧さんが亡くなったのは何かの偶然とは思いますが、ちょっと上手く揃ったという感じもします。

1996年のCDの再発盤で聞いたんですけど、アルバムでは『LET'S ONDO AGAIN』が一番好きですね。笑いの要素と音楽的な実験の要素が強く、時代を先取りしすぎていた感じがします。ピーター・バラカンは日本のアルバムではこれが一番好きだと書いていました。『烏賊酢是!此乃鯉』の歌詞はエルビス・プレスリーのシングル曲のタイトルだけを繋ぎ合わるというアイディアが素晴らしすぎます。西田敏行が『いかすぜ!この恋』としてカバーしています。

『NIAGARA CALENDAR』に入っている『名月坂赤坂マンション』で「あの日ローマで眺めた月」という歌詞の意味がわからなかったのですが、2020年のオリンピックが東京に決まって三波春夫の『大東京五輪音頭』を聞いてみたら、『大東京五輪音頭』の歌詞からの引用であることがやっと分かりました。クレージーキャッツの『めんどうみたョ』が入っているのは分かってはいたんですけどね。ナイアガラを語るうえでは音頭も外せません。

クレージーキャッツやトニー谷のことを教えてくれたも大瀧さんでした。落語も好きで『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』にもゲストで出演していました。うなずきトリオの『うなずきマーチ』を作曲したのも大瀧さんでした。

萩原健太も取り上げていましたが、大瀧詠一のこの一曲と言うと『君は天然色』や『熱き心に』、『冬のリビエラ』でもなく『夢で逢えたら』ではないかと思います。ヒットしないのに多くの人にカバーされています。珍しいところでは石井リカ&メロン記念日もカバーしていて、つい最近では薬師丸ひろ子もカバーしています。

謹んでご冥福をお祈りします。

多羅尾伴内楽團 Vol.1&Vol.2 30th Anniversary Edition

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