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『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』を読んだ

第65代横綱貴乃花光司の自叙伝『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』を読んでみました。

この本を読んでみて強く感じるのは「貴乃花はファザコン」ということです。貴乃花は「相撲原理主義者」などと呼ばれることもありますが、相撲の前に父である貴ノ花利彰が一番大事なんじゃないかと思います。この本は父、貴ノ花の引退ではじまり、「相撲と父と自分」という言葉で終わります。余談ですが「相撲と父と自分」は「部屋とYシャツと私」みたいです。

この本は父貴ノ花の初優勝の頃から貴乃花の幼少期、藤島部屋への入門、そして横綱になり、引退し親方になった現在までを語っています。正直、ちょっとダイジェスト的な感じで個々のエピソードにあまりじっくりと語っていない部分もあり、物足りない部分もあります。しかし、貴乃花が当時どんなことを考えて相撲をとっていたのかは分かるようになっています。

一番残念なのは宮沢りえとの関係についてあまり深く語っていないことですね。宮沢りえは「彼女」となっていてほんの数行しか書かれていません。

兄、花田虎上についてははっきりしたことは書いていませんが、子供の頃からエピソードがけっこう書かれていて、少なくても貴乃花の方は兄については良い感情を持っていないことが感じ取れます。

本当に相撲のことばかりで、貴乃花は現役時代も今も頭の中は相撲で一杯という感じです。正直、ストイックすぎて息苦しさすら感じます。この本にはスポーツ選手の自伝にありがちなトリビアな話、ちょっとした暴露ネタみたいなものがほとんどありません。貴乃花は身体の事を考えて現役時代は酒を一滴も飲まなかったと語っています。

以前に曙太郎の自伝を読んだことがあります。曙の本では「負けて覚える相撲かな」という言葉がわりと頻繁に出て来ましが貴乃花はこの言葉を完全に否定している所が対称的で面白かったですね。

マスコミなどでライバ関係について面白おかしく書かれたりすることも貴乃花は快く思っていなかったようです。貴乃花自身は周りの力士をライバルとして意識したこしは一度もなく、あえて言うなら自分自身に打ち勝つような姿勢だったそうです。ジョッキーの武豊も全盛期にインタビューで全く同じよう話をしていた記憶があります。

わんぱく相撲で優勝し土俵入りをするときに土俵入りを教えてくれたのが輪島だったというエピソードはニヤリとさせられました。輪島とは子供の頃から親しかったそうです。そう言えば貴ノ花と輪島は資生堂のCMに出ていたこともありました。

小学生時代に学校から帰ると『あばれはっちゃく』の台本が居間にあったというエピソードも興味深いものがありました。母の藤田憲子が女優をやっていた関係で主演としてオファーがあったそうです。もしも、貴乃花が『あばれはっちゃく』に出演していたら、子役あがりの横綱になれたかもしれませんね。ちなみに貴乃花の伯父の若乃花は『若ノ花物語・土俵の鬼』という映画で主演しているそうです。

生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて

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