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『放送禁止歌手 山平和彦の生涯』を読んだ

和久井光司の『放送禁止歌手 山平和彦の生涯』を読んでみました。この本はタイトルのとおり1970年にアルバム『放送禁止歌』でデビューしたフォーク歌手山平和彦の生涯を和久井光司が追った内容となっています。

山平和彦というフォーク歌手の存在はこの本を読むまで全く知りませんでした。『放送禁止歌手』という刺激的なタイトル青と黒の装丁が印象的だったので読んでみました。表紙の山平和彦の写真はちょっと『陽水ライヴ もどり道』のジャケットに似ているような気がします。

著者である和久井光司はリアルタイムで山平和彦の『放送禁止歌』を聞いて、衝撃を受けたそうなんですが、フォークよりもロックの方に興味が向いたため、その後の山平和彦については全くフォローしてなかったそうです。

1999年11月にフジテレビで放送された『「放送禁止歌」~歌っているのは誰?規制しているのは誰?~』というドキュメンタリー番組に出演していた山平和彦を見た和久井光司は、『山平和彦 BOX』というCD-BOXのライナーノーツを書くことになります。しかし、歌手活動を再開した山平和彦のライヴを見ることも、会うこともないまま、山平和彦は2004年に突然、事故死しています。

和久井光司が山平和彦の秋田時代からの音楽仲間などへのインタビューを通して、山平和彦という人間に迫っていきます。秋田のアマチュア時代、レコードデビューした後に山平和彦は東海ラジオ放送の『ミッドナイト東海』でパーソナリティに務めるために岐阜にバックバンドのマイペースや秋田時代の仲間と移り住むくらいまでの話は、バンドの成功物語やロードムービーのような面白さがあります。

放送禁止となった『放送禁止歌手』、『月経』、『大島節』の歌詞や放送禁止となった詳しい経緯についてももちろん書かれています。しかし、岡林信康の『手紙』やなぎら健壱の『悲惨な戦い』のような強烈なインパクトや面白さは残念ながらありません。

ちなみにデビューアルバムのジャケットの写真は仲井戸麗市の奥さんのおおくぼひさこが担当しています。

あくまでも山平和彦の物語が軸ですが、当時のフォーク、ロック、ニューミュージックの流れも平行して語られているところもこの本の特徴です。URC、エレックレコード、ベルウッド・レコードといったレコード会社の名前ははっぴいえんどや大瀧詠一のナイアガラレコードにも縁が深いので以前から知っていました。山下達郎や大貫妙子がやっていたシュガーベイブはファーストアルバムの『SONGS』はエレックから発売されました。

最終章ではフォーク歌手を廃業し、PAの会社を経営したときの話が語られています。山平和彦の2人のお子さんのインタビューを通して語られる最終章はかなりグッと来るものがあります。バブルの崩壊前までは会社の経営も順調で良き父親だったようです。家族でヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのライブを見に行ったエピソードが特に微笑ましいものがありました。

『「放送禁止歌」~歌っているのは誰?規制しているのは誰?~』への出演がきっかけで、歌手活動再開し、CDも再発されて、「さぁ、これから」という時に交通事故で亡くなってしまった事があまりにも悲劇的です。

『「放送禁止歌」~歌っているのは誰?規制しているのは誰?~』はYouTubeで現在も見ることができます。


放送禁止歌手 山平和彦の生涯 (放送禁止歌手 山平和彦の生涯)
放送禁止歌手 山平和彦の生涯 (放送禁止歌手 山平和彦の生涯)

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