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オグリキャップの死について

先週末はサッカーのワールドカップでブラジルとアルゼンチンが負けたり、大相撲の野球賭博問題では大嶽親方と琴光喜が解雇されたり、色々と大きなニュースがありましたが、私にとってはオグリキャップの死が一番ショックでした。

このブログでも競馬について色々と書いてきましたが、私が競馬を始めるきっかけは、やはりオグリキャップと武豊が起した第二次競馬ブームがあったからだと思います。

初めて勝った馬券はアイネスフウジンが勝った1990年の日本ダービです。なのでオグリキャップのレースはほとんどリアルタイムでは体験していません。宝塚記念は場外馬券場には行ったもののオグリ絡みの馬券でどうやったら大きく儲けることが出来るのかが分からず、馬券を買うのは諦めました。するとオグリは先行したオサイチジョージを捕らえることが出来ず2着でした。

ラストランとなった有馬記念はテレビで見ていました。本馬場入場で岡部幸雄がヤエノムテキから落馬したのが記憶に残っています。まぁ、その時は岡部幸雄がどんなジョッキーかは全く知りませんでした。私が場外馬券場や競馬場へ通うようなったのは翌年の春、トウカイテイオーが活躍し始めた時期です。

オグリキャップのレースをリアルタイムで見られなかったのは残念ですが、基本的に穴党である私がリアルタイムでレースを見て馬券を買っていたら恐らくアンチの方になったのではないかと思います。

ホーリックスの2着になったJCやその前走のマイルCSなどが名勝負としてよく語られますが、ニュージーランドトロフィーや安田記念の持ったままで圧勝してしまうレースもいいでね。安田記念で叩き出した1分32秒4というコースレコードは東京競馬場が改装されるまで破れませんでした。ちなみに東京競馬が改装される前の第1回NHKマイルカップでタイキフォーチュンは1分32秒6で走っていました。

地方競馬の出身であること、血統に見るべきものがないこと、ジョッキーがコロコロ変わること、芦毛であることと色々と面白い要素がある馬でしたが、馬主が個性的な人だったこともオグリキャップを語るうえでは欠かせない要素だったと思います。特に2代目の馬主の佐橋氏は脱税で有罪判決を受け、馬主登録を抹消されています。もし、当時2ちゃんがあったらかなりの確率で叩かれていたと思います。

1989年の過酷なローテーションも見逃せません。オールカマー⇒毎日王冠⇒天皇賞(秋)⇒マイルCS⇒JC⇒有馬記念と秋だけで6回も走っています。当時から3代目の馬主が高額なトレードマネーを回収するために酷使したと言われていたそうだ。見る側としたら、「馬優先主義」よりも「馬主の懐優先主義」や「馬主のプライド優先主義」の方が断然面白いですよね。

最近は有力馬が連闘したり、距離の壁に挑戦したりといこともほとんどありませんね。ナリタブライアンが調教代わり1200㍍の高松宮記念に出てきたときは面白かったですね。お陰で馬券も取れました。

種牡馬としては結局、重賞勝ち馬を出すことが出来ず残念でしたが、クラッシックの追加登録や地方と中央の交流のきっかけを作ったり、単純に競走馬や種牡馬としてだけでなく競馬の仕組みや競馬を取り巻く環境自体を変えてしまった馬だったと思います。よく言われることですが、女子供の足を競馬場に向けさせて金を落とさせたのはこの馬のお陰ですね。

JRAの売上は右肩下がだそうですが、もう一度、JRAの仕掛けでブームを呼ぶのは難しいと思います。あの競馬ブームはバブル景気、オグリキャップ、武豊といういくつのもの要素が絡みあって生まれたものだから、人為的に作り出すのは無理でしょう。

ご冥福をお祈りします。

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