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『カティンの森』を見た

アンジェイ・ワイダ監督作品、『カティンの森』を見ました。

この映画は第二次世界大戦中のソ連で起きた、ソ連による捕虜となったポーランド軍将校に対する虐殺事件、カティンの森事件をモチーフにしたポーランドの映画です。カティンの森事件はもちろん、第二次世界大戦とナチスドイツによる占領、そして戦後のソ連による支配に翻弄されるポーランドの人々の姿が描かれています。重くて、暗くて、全くと言って救いような話です。でも私はこういった映画は割と好きです。旧ユーゴスラビアの第二次大戦から90年代までを描いた『アンダーグラウンド』とか、京劇を通して中国の近現代史を描いた『さらば、わが愛/覇王別姫』とか。

ポーランドや東欧の近現代史についてのある程度、知識がないと見てもよく内容が分からない映画だと思います。私もカティンの森事件については最近まで知りませんでした。今年に4月にこの事件の追悼式典に参加するためポーランドのレフ・カチンスキ大統領の乗った飛行機が墜落するという事故があり(カチンスキ大統領夫妻と多くのポーランドの政府高官がこの事故亡くなっています)、そのニュースからこの事件の事を知りました。

アンジェイ・ワイダ監督と言うと『灰とダイヤモンド』などが有名ですが、私はこの作品で初めてアンジェイ・ワイダの映画をみました。アンジェイ・ワイダ自身も父親をカティンの森事件でなくしているそうです。アンジェイ・ワイダは今年で84歳。この映画を撮ったときは80歳。(この作品は2007年の製作、公開)冷戦の集結とソ連の崩壊がなかったらこの映画は作られなかったかもしれません。そしてアンジェイ・ワイダ自身が生きつづけ、映画を撮り続けていたというのが一番大きいかと思います。

正直、前半の第二次大戦の話は退屈で何度か寝てしまいました。戦後、ソ連の支配下におかれポーランドではカティンの森事件について触れることはタブーで、カティンの森事件で夫や父、兄を失った家族たちにはさらに過酷な運命が待っています。後半の、悲劇の連鎖とカティンの森事件を再現したシーンへの怒涛の展開は物凄いエネルギーを感じました。

ほとんど救い世のない映画ですが、この映画の唯一の救いは出演しているポーランドの女優が美しいところです。まぁ、しかしそんな美しい女性に過酷な運命が待ち受けているところでさらに悲劇性が増すわけですが。

「戦争は絶対にいかん!」とか「ソ連やロシア人は酷い奴ら」とか「生きるためとはいえ、そんな酷いロシア人に媚びているポーランドも酷い」といった分かり易いセリフみたいなものは一切ありませんが、アンジェイ・ワイダの心に未だに燃え続ける怒りの炎みたいなものは画面から充分伝わってきました。単純に平和を訴えたり、自分こそが正義だというような単純メッセージみたいなものも当然ありません。ただ、戦争や暴力を淡々と描いている感じがあります。

カティンの森事件を再現したシーンはかなりショッキングです。人間が家畜のように殺されていきます。ソ連兵は淡々と作業をこなすようにポーランド将校を殺していきます。ソ連兵の持っているピストルが途中で弾切れか弾詰まりで、弾が出なくなるシーンが妙にリアルでした。映画はこのシーンの後に急に1分くらい暗転、エンドロールでは音楽はかからないという珍しいエンディングでした。

カティンの森 (集英社文庫)

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この記事へのコメント

  • 佐藤淳

    同じような救いようのない印象がしたけど、本当はそうで無いといわれれば、そうでないかもしれない、主人公だけがコメディーを演じている感じだった気がしたけど、必要に迫られての演技で、それで外国語映画賞に輝いた「ライフ・イズ・ビューティフル」を思い出しました。それで世界的にも注目されたのと、私も次回作を期待して注目もしていたのに、同じく監督/脚本/出演をした次の作品の「ピノッキオ」は、なぜだったか忘れましたが、見てません。
    話は変わりますが、与太話のような皮肉ったり茶化すような内容に対しても、訪れた人が記事として読んでくださり、それを読んでのコメントなら、ファンからの怒りや憤りから来るコメント内容で誹謗中傷だとしても、ブログを運営する上で支障が無い内容なら、してくださった方には感謝すべきでしょうか。しかしコメントした人は感謝されても嬉しく無いどころか火に油を注ぐ、感情を逆なでする思いをされると思います。
    実質を知らないで、語ったのが良くなかった気がしましたけど。だからって、確認しなおすために、足を運んだり、手にしたり、目にしたり、聞いたり、と、そんなことが出来たらと思います。それで改めて感想として記事を書けたらよいのかもしれませんが、しかし、興味の範疇外だったり時間などで無理でしょうから、そう考えると、ここに対しても、コメントしたファンに対しても、残念でなりません。
    2010年06月30日 23:42

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