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『任天堂 “驚き”を生む方程式」を読んだ

私は最近、全くゲームはやっていません。WiiもDSも持っていません。任天堂のゲーム機で持っていたのは ゲーム&ウォッチ ファミコン スーパーファミコン。トランプも任天堂のものを持っていました。

ここ10年くらい据え置き型のゲーム機ではソニーのPSやPSにやられていた任天堂がWiiで見事に復活したのはゲームをやらなくなった私にも驚きでした。WiiやDSの成功はどこから来たのか、『プロジェクトX』でも見る気持ちでこの本を読んでみました。著者の井上理という人は日経の記者だそうです。

究極のハードを目指した64とゲームキューブの失敗から、究極のハードを作る事からは方向転換し、ゲームから離れてしまった人や今までゲームに興味のなかった人を取り込むこと考えたことがWiiの爆発的ヒットの勝因と書かれています。具体的にはWiiフィットやWiiスポーツの存在が大きかったようです。DSでは脳トレがそれにあたります。

Wiiの開発に当たって、ハードのロードマップに沿ってゲーム機を作っていく事をやめて、本体はリビングに置く事を考えて、お母さんに嫌われないゲーム機、「お母さん至上主義」というコンセプトで開発にあたったというのが驚きです。本体は小型、静音、省電力に徹底的にこだわり、リモコンもテレビのリモコンをお手本に邪魔にならないような設計を心掛けたそうです。怖がられないリモコン)

現社長である岩田聡、マリオの生みの親である宮本茂のこれまでの足跡ももちろん書かれています。岩田社長は元HAL研究所の出身。外様ですが前社長山内溥が社長に指名した人。Wiiの開発の時に「ゲームのプレイ時間が1時間を超えると自動的に電源が落ちる機能はどうか」と提案を出したというエピソードは高橋名人の「ゲームは一日一時間」というセリフを思い出しました。

アメリカへの輸出用に考えた業務用のポパイのキャラクターを使ったゲーム機が著作権の関係でアメリカではポパイが使えない為にキャラクターの変更を余儀なくされ、そのことがきっかけでドンキーコングやマリオをといったキャラクターが生まれたそうです。

後半はファミコン以前の任天堂の歴史についても触れられていて、120年前のカルタを作っていた時のころから、戦後ディズニーのキャラクターとプラステックのカードを取り入れたトランプでヒットを飛ばしたことなどが書かれています。

光線銃SP、ラブチェッカー、そしてゲーム&ウォッチで次々にヒットを飛ばした横井軍平というひとの話も非常に面白いものになっています。光線銃SP、ラブチェッカー、ゲーム&ウォッチは横井の「枯れた技術の水平思考」もとに作られたオモチャで、特に新しい技術を使うわけではなく、従来の枯れた技術をもとにアイディアによってオモチャをゲーム作っていく事だそうです。光線銃SPは太陽電池と豆電球、ゲーム&ウォッチは液晶電卓。ゲーム&ウォッチはこの後ゲームボーイにも繋がっていきます。そして「枯れた技術の水平思考」はWiiやDSの開発にも受け継がれています。

面白いのは任天堂は一時、多角経営をしていたそうで、タクシー会社やったり、インスタントライス、ポパイラーメン、ディズニーふりかけなどをを売ったりしていたそうです。そして簡易複写機や電卓などの事務機器の開発もしていた時期もあったそうですが、光線銃S」のヒットの後に娯楽屋、オモチャやゲーム一本に絞ることになったそうです。

元々はカルタや花札を作っていた会社が世界的な会社に成長し、世界をリードしているというのが驚きですね。任天堂が日本の会社だというのは誇りに思える事だと思います。


任天堂 “驚き”を生む方程式
任天堂 “驚き”を生む方程式

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