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「中盆―私が見続けた国技・大相撲の“深奥”」を読む

板井圭介の「中盆―私が見続けた国技・大相撲の“深奥”」を読んでみました。

この本は大相撲の元小結板井が大相撲の八百長について暴露した本で2000年に出版された本です。板井の生い立ちから、兄の勧めで高校時代に相撲部に入り、黒崎窯業(社会人)を経て大鳴戸部屋に入門し、廃業するまでをほぼ時系列にそって語られています。非常にテンポがいい感じで書かれているため読みやすい本でさらりと読めてしまいます。結構、重大な暴露が行われていのですが、さらりとそして淡々と大相撲の八百長に関して詳細に書かれています。

板井が最初に八百長を行ったのは十両に昇進したときで、このときは大鳴門親方が八百長を仕組んだそうですが、このあと幕内に定着するようになると自ら八百長を行うようになり、さらには他の力士の八百長の仲介や調整を行う"中盆"となっていきます。ちなみに板井の前の"中盆"は麒麟児で板井の後の"中盆"は琴錦だったそうです。現在の"中盆"は誰なんでしょうね?"中盆"はガチンコでも強くないとなれないそうで、板井は八百長では基本的に負けて、貸していた星の返済とガチンコで白星を稼いでいたそうです。

有名な千代の富士の寺尾への制裁事件やガチンコ横綱大乃国への張り手の件についても語られています。ガチンコ横綱大乃国は現在では「スイーツ親方」ですね。国民栄誉賞をもらった千代の富士の53連勝のうちガチンコだったのは19番しかなかったそうです。ちなみに千代の富士に国民栄誉賞をあげたのは当時の海部首相です。

板井が現役のころの幕内力士の8割が八百長に手を染めていたそうで、逆にガチンコだったのは大乃国、安芸乃島、両国くらいだったそうだ。このころはガチンコにこだわり過ぎると大関以上にはなれなかたったそうで、寺尾や琴錦などはガチンコによる大関昇進にこだわっていたために逆に大関になれなかったそうだ。

ここに書かれている八百長についてが本当かどうかわかりませんが、大相撲の閉鎖的な体質についての指摘は現在もほとんど変わっていませんね。このころは大阪場所の表彰式に太田房江府知事(当時)を上げるかどうかの問題とこの板井の八百長告発の問題があったわけですが、相撲協会は主体的には動かず、話題が「自然消滅」するまるまで黙殺し逃げ切ったと書かれています。去年の時津風部屋の暴行事件の協会の対応を考えると、相撲協会は当時からほとんど変わっていないきがします。




中盆―私が見続けた国技・大相撲の“深奥”
中盆―私が見続けた国技・大相撲の“深奥”

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この記事へのコメント

  • big

    相撲関係者は十二分に八百長のことは知っていたんですよね。
    理事長hs「うみを出しきる」といいますが、もし本当にそれをやればほとんどの力士は消えてしまう。恐らくそれは不可能でしょう。
    プロがみれば八百長相撲かなんて簡単に見分けられるんでしょうに。
    2011年02月07日 22:58
  • 八百屋

    理事会の親方連中の現役時代の取り組みをすべて検証しないといけないですよね。
    元来、八百長って言葉は相撲界が語源でしょう?
    ”過去はない”って、あり得ないでしょう。
    あれだけの体力と技能を持った関取衆が、全取組を
    ガチで勝負していたら、怪我人だらけで番付が成立しないと思いませんか?
    2011年02月12日 15:50
  • 栃相撲

    八百長は作り話だと思います。ガセですね。まあ春日錦らはやってたそうだが
    2018年02月18日 10:45

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