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zoom RSS 『永遠のPL学園: 六〇年目のゲームセット』を読んだ

<<   作成日時 : 2018/02/14 23:02   >>

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柳川悠二の『永遠のPL学園: 六〇年目のゲームセット』を読んでみました。

野球については最近ほとんど興味がなく野球中継を見ることも野球関係のニュースも見ることはありません。このブログで野球について扱うのは3年ぶりになります。前回はTVアニメ版『ドカベン』のサウンドトラックCDについて書いていました。

そんな私ですが文藝春秋の『Number』に連載されている清原和博のインタビューはなぜか読み続けています。そして今回とりあげるのは『永遠のPL学園: 六〇年目のゲームセット』です。

高校野球界で一時代を築いたPL学園野球部の最後の試合から始まり、PL教団とPL学園の歴史を振り返り、PL学園最後の12人の選手たちの2年間の戦いを追っていくという構成になっています。

PL学園出身のプロ野球選手の名前は知っていても、PL教団についてはPLが「パーフェクトリバティー」くらいしか知らなかったのですが、戦前からある神道系の宗教で一時は不敬罪で弾圧、解散させられたこともあったそうです。富田林市にある大平和祈念塔の写真もありました。大平和祈念塔は一度見てみたいですね。

野球好きの二代目教祖、御木徳近とPL学園の一期生で野球部創部メンバーであり甲子園初出場の時の監督でもある井元俊英の物語の前半のハイライトになります。井元俊英は監督を退いた後はスポニチにで働きその後は教団に戻り、御木徳近の全国行脚に同行しつつスカウトとして全国の有力選手を集めていく事になります。

「学力は東大、野球は甲子園」というスローガンが当時掲げられていたそうです。なんだか大橋巨泉の「野球は巨人、司会は巨泉」という言葉を思い出しました。これも古いですね。

PL学園野球部の原因は教祖の代替わり、少子高齢化に伴う信者数の減少によって野球部に人’や金を使えなくなったこと、野球部内の相次ぐ暴力事件。80年代から90年代に最盛期を迎え、90年代からは右肩下がりになっていくのは日本経済とほぼリンクしているのが面白いですね。

後半のPL学園最後の12人の選手たちの物語はよく出来た野球漫画や青春映画を見ているような感じで感動しました。逆転のPLが逆転され、公立高校にも勝てない。これでもかというほどトラブルが連続して襲いかかりハッピーエンドはない。アメリカン・ニューシネマみたいですね。

永遠のPL学園: 六〇年目のゲームセット

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